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事案

[ 56] 政府認定17名に係る事案
[引用サイト]  http://www.kantei.go.jp/jp/singi/rati/nintei.html

日本政府が拉致被害者として認定している17名に係る事案の概要は次のとおり(カッコ内は当時の年齢と失踪場所)。
● 北朝鮮側は、久米さんの入境を完全否認している。捜査当局は主犯格である北朝鮮工作員、金世鎬(キム・セホ)について、2003年1月逮捕状の発付を得て国際手配しており、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。2006年2月の日朝包括並行協議では、北朝鮮側は、金世鎬について、「かかる人物は承知していない」としつつ、我が方からの関連情報提供を前提に、同人特定のための調査を行う旨回答している。
● 2002年10月にクアラルンプールで行われた日朝国交正常化交渉第12回本会談及び2004年に計3回行われた日朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において、北朝鮮側より、北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
● 2006年11月に松本京子さんが拉致認定されて以降、政府は、北朝鮮側に対し、即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
● 2004年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側は、めぐみさんが1994年4月に死亡したとし、「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
● 2006年4月には、日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が1978年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。
● 2002年10月にクアラルンプールで行われた日朝国交正常化交渉第12回本会談及び2004年に計3回行われた日朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において、北朝鮮側より、北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
● 2005年4月に田中実さんが拉致認定されて以降、政府は、北朝鮮側に対し、即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
● 1987年11月の大韓航空機爆破事件で有罪判決を受けた北朝鮮の諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)は、「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
● 北朝鮮側は、田口さんは1984年に原敕晁さんと結婚し、1986年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
● 2人は1979年に結婚。2002年10月に日本に帰国。娘1人と息子2人は2004年5月に帰国。捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員、辛光洙(シン・グァンス)について、2006年2月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。
● 蓮池さんは「ちょっと出かける。すぐ帰る」と言って外出したまま失踪。同様に奥土さんも外出したまま失踪。
● 2人は1980年に結婚。2002年10月に日本に帰国。娘1人と息子1人は2004年5月に帰国。捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称チェ・スンチョルについて2006年2月に、また、共犯者である自称韓明一(ハン・ミョンイル)こと通称ハン・クムニョン及び通称キム・ナムジンについて2007年2月にそれぞれ逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。
● 北朝鮮側は、1979年7月に2人は結婚し、市川修一さんは同年9月に心臓麻痺で死亡し、増元るみ子さんは1981年に心臓麻痺で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
● ひとみさんは2002年10月日本に帰国。夫(ジェンキンス氏(米国人))と2人の娘も2004年7月に渡日・帰国。
● 北朝鮮側は、曽我ミヨシさんは北朝鮮に入境していないとしている。捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称キム・ミョンスクについて、2006年11月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。
● 2人とも欧州滞在中の1980年に失踪。1988年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
● 北朝鮮側は、石岡亨さんは1988年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。また、同様に松木薫さんについても、1996年8月に交通事故で死亡したとして、2002年9月及び2004年11月に開催された第3回日朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
● 本件については、北朝鮮工作員、辛光洙(シン・グァンス)が、韓国当局に対し、原さん拉致を認める証言をしている。捜査当局は、辛光洙について、これまで原さんに成りかわった容疑で逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求してきたが、2006年4月には、新たに拉致容疑の主犯として逮捕状が発付されている。北朝鮮側は身柄の引渡しに応じていないどころか、同人を「英雄」として称えている。また、捜査当局は原さん拉致容疑の共犯者である金吉旭(キム・キルウク)についても逮捕状の発付を得ており、国際手配を行うなどの所要の措置を講じている。
● 北朝鮮側は、原さんは、1984年に田口八重子さんと結婚し、1986年に肝硬変で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
● 欧州にて失踪。「よど号」犯人の元妻は、北朝鮮当局と協力して有本さんを拉致したことを認めている。捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の魚本(旧姓安部)公博について、2002年9月逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡を要求しているが、北朝鮮側はこれに応じていない。
● 北朝鮮側は、有本さんは1988年11月にガス事故で石岡亨さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

 

 

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